私の知るヤバい患者とその家族②

想像を絶する家族背景を持つ家庭は存在する。医師になるまでは「内縁の夫、妻」という存在はここまで一般的であるとは知らなかった。周りに離婚した夫婦や、自分の両親が離婚したという知人はもちろんたくさんいたのだが、内縁関係にあるという人はいなかった。

「父のことは親とは思っていません。遺体は引き取りにいくので、死んだときだけ連絡してください」という娘はまだよい。

「正直早く死んでほしいと思っている。一切の治療を拒否します。」「キーパーソンなどとてもできない。他人です。」という家族それも夫婦や子どもがいる。「30年来一度も会っていない、生きているのか死んでいるのかもわからなかった。」というケースもある。家族であるがゆえに生まれる恨みつらみのせいで他人より遠い関係になってしまっているのだ。一方でキーパーソンが前妻、前夫というケースもある。どういう関係を築いたら離婚したが、キーパーソンになることになるのか、いまいちわからない。

ある男性Aと内縁の妻の話だ。Aはさして高齢ではなかったが、長年の不摂生な生活のせいで全身の臓器予備能が失われていた。COPD、高血圧、糖尿病、不整脈、心不全、腎機能障害・・・と疾患は無数にあり、そのいずれもコントロール不良だ。とどめと言える誤嚥性肺炎からの呼吸不全を患い救急搬送された。どうももって数日となりそうだ。いつものように、亡くなる可能性が高いこと、会いたい人がいれば急いでもらうよう伝える。その際に妻が語りだした。「この人とは駆け落ち同然で一緒になった。前妻と子がいるが、数十年は交流がない。ただし前妻との籍は抜けていない。ほとんど蓄えなどはないが、この人の数十万円の遺産がないと私の生活は破綻してしまう。なんとか前妻と子にこの人の死を隠せないか」という内容だ。医師としての正解はわからず、師長や地域連携室に対応は任せた。お金の話はどうなったか知らないが、おそらく法的な相続権は前妻と子にあるのではないか。

破綻した生活を送り、早くに亡くなってしまう患者も、すがるものがその患者のわずかな蓄えしかない内縁の妻も、小さいうちに父を失った子も幸福であったようには当然見えない。愛を貫くべく駆け落ちした先にあったもの、最後に心配したのは患者の生命や苦痛ではなく、わずかな蓄えの行き先なのだ。日本は貧しくなったといわれるが、それを突き付けられるような症例だった。

数日して患者は亡くなった。見送ったのは我々スタッフと内縁の妻だ。前妻や子はついぞみることはなかったが、亡くなったことは伝わったらしい。

内縁の妻は憔悴していたが、悲壮感は少なかった。この後の生活の心配が大きいようにみえた。

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