ハードな労働環境で自死を選ばれた先生のご冥福をまずお祈りしたい。
甲南医療センターの規模から考えると、地域の医療を担う中核病院であり、社会的な役割が大きい病院だ。そこに勤める医師達はそれなりにハードだろう。「労働負荷が少なそうだから」「楽そうだから」とその病院を選んだ医師は少ないはずだ。
亡くなられた先生は年齢や出身地から察するに地元神戸大学をストレートに入学、卒業されている。内科の中でもメジャー内科、花形とされる消化器内科を専攻されている。この経歴の時点で、私など及びもつかぬほど優秀である。医者家系の方であったようで、両親をはじめとする周囲の期待もあったのだろう。月に200時間を超える残業、3か月休みなし、非常に過酷な労働環境だ。消化器内科であれば、消化管出血をはじめとする緊急疾患で夜中の呼び出しも多い。自分も年に360日は病院にいって、24時間主治医制でオンコールという経験が数年あるが、本当につらい。2000万円近い年収があったが、「正直割に合わないな」と感じていた。
なぜ乗り切れたのか考えてみる。まがりなりにも主治医であり、患者の病状の最高責任者。最低限の責任感があった。仲の良い同僚、先輩、後輩と愚痴をこぼす時間も大変貴重なストレス発散だった。生まれた我が子に父の働く背中を見せたい。家族を食わせていかなくてはならない。周りにドロップアウトしたと思われたくない。他の科の先生が頼りにしてくれる・・・などがハードな環境で壊れることなく仕事をさせた。もうやりたくない。決定的なのは不真面目であり、「やってられるか、今日はもう昼寝する」、と自分を納得させられたことだ。その環境がいやで任期の途中でやめた先生や、心身の不調を来して働けなくなった先生、医師をやめてしまった先生もたくさんいた。
3年目の専攻医はチーム制で診療にあたっており、最終決定権がおそらくない。しかし雑用は回ってくる。多くの場合のfirst callは一番の若手だ。疲弊したところに学会発表の業務が当たる。「自己研鑽」などと言われるが、実質は半強制だ。「発表したくありません」とはっきり言える若手医師などほとんどいないのだ。やる気がないやつの烙印を押されてしまう。ましてや亡くなられた先生のように優秀かつ王道を歩いてこられた先生ならなおさらだ。周囲に愚痴をこぼし合える同僚、馬鹿話ができる仲間がいれば悲しい結末にならなかったのではないかと思えてならない。
「ハードな環境でなければ医師として成長できない」「寸暇を惜しんで病院にいる医者が良い医者」といった価値観が根強い。自分は一部は真理だと思うが、週5回、一日8時間、シフト制で成長できる教育環境が必要だとも思う。時間外労働は悪、規定の時間に終わらない仕事は振らないことが必要だと思う。学会発表は発表する人が一番勉強になる。余裕があればやった方がよい。特に若手医師は。しかし、追い詰められ、寝不足になるほどの負荷をかけてまでやることではない。そこまで発表などほぼないからだ。治療のパラダイムシフトを起こすほどの発表や研究をする人は研究にストレスを感じていないはずだ。
若い先生にはぜひ自分のキャパシティを把握して働いてもらいたい。「その発表は大変興味があるのですが、日常診療で今は手一杯です」と言えるようになってもらいたい。自殺するまで頑張る価値のあることなんてないよ。そういった判断ができなくなることがまさしくうつ状態に陥ることなのだが。
追い詰めてくる敵は多い。それはモンスター患者やモンスター家族であったり、司法であったり、生存バイアス満載の老害医師であったり、他の職種のスタッフであったりする。
これでは身体的負担が少なく、経済的に報われる進路を選ぶ医師が増えることは道理だ。今後もメジャー化離れが進むだろう。
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