すごい患者②

病や老いは善人にも悪人にも同様に訪れる。素晴らしい人格者だった思い出深い患者さんの話だ。当時研修医が終わって割とすぐに担当することになった悪性疾患の患者さん、60代の女性だった。手術その他の治療で治癒することは望めず、進行を遅らせるべく化学療法すなわち抗癌剤を投与していた。同じ癌種でも薬の効きは本当に千差万別で、「え、この薬がそんなに効くのか」となることもあれば、「全然効かないな」となることもある。呼吸器内科領域の悪性疾患はたちが悪いことが多い。この患者さんも何種類目かの抗癌剤をやっている最中だった。私はその日第一子が産まれた。患者さんに朝の回診をする際に「実は子供がさきほど産まれました。今日は子と妻といたいので早退します。今日は〇〇先生が代わりにみてくれます」と伝えたところ、その患者さんは大層喜んでくれた。「私のことなどいいから早く奥さんと子どもさんのところに行きなさい。」と言ってくれた。翌日再度回診に行き、昨日の早退について謝ると、「本当におめでとう。私も二人の子を産み育てた。その極意を書いたからよかったら読んでみてね」とノートを渡してくれた。数十ページに渡り、非常に美しい字でその方流の「子育ての極意」が綴られていた。一日で書いてくれたのだろう。非常に楽しく読ませてもらい、今でも大切に持っている。私に向けられたものなので、全ては書かないが、最も印象に残った一文は「思った通りには決して育たないので、思わぬように育っても強く生きられるように育てなさい」だった。

予後不良の疾患を患っていたこの患者さんは数か月後亡くなってしまった。最後まで私や他の医療従事者に感謝を述べられ、苦痛その他の陰性感情をみせられることはほとんどなかった。治療のために症状を聞き出すことにも一苦労したほどである。平均寿命からするとかなり早逝されてしまった患者さんだった。

内科医は負け戦を承知で治療せねばならないことも多い。それは平均寿命で身体の耐用年数が過ぎてしまった患者だけではなく、純粋に病によって蝕まれてしまったという場合もある。悪性疾患をすっきり治してしまえる可能性のある外科医や放射線科医が少しだけうらやましくも思う。

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