医療費による国庫の圧迫はたしかにすさまじい。人類史上最も高齢化した社会に生きている我々にとってはある程度は仕方がないのかもしれないが、それにしても医療費が大きすぎる。国民皆保険制度はいずれ形を変えざるを得ないだろう。しかし医者が責められるのは違うのではないか。私が医者なので、ポジショントークも大いにあろうが、納得がいかないことが多い。「少なくとも現場の医師や医療者は別に儲かっていませんよ」と書いた。他にもいくつか昨今の風潮に文句をつけたい。
・医師は医師業しか知らないので世間知らずであるという説。これはたまに教師でも言われる説だ。私は教師でも医師でもこれは誤りだと思う。高校なり大学を出てからずっと銀行で働いた人は銀行業しか知らないだろうし、料理人は料理しか知らないだろう。転職を繰り返し、多業種で働いた人は色々知っているのだろうか。その業種を知るためには数年働いたくらいで知ることができるのだろうか。医師を10年やった人が、1.2年で転職を繰り返し、10年社会人をした人よりも世間を知らないとはとても思えない。伝統芸能系の「その道数十年」といった職人はもてはやされる傾向にある。医師一筋数十年の場合は世間知らずなのだろうか。さらに言えば、銀行マンは取引先の業種が多岐にわたるように、医師にとってはどんな人でも患者になりうる。それこそ天皇陛下や総理大臣も患者たりうるし、ホームレスやヤクザの患者もいる。本当に様々な業種、人格と接する。世間知らずの医師もそりゃあいるだろうが、それは単にその医師が世間知らずなだけで、医師全体が世間知らずである、とか、その割合が医師のみ突出して多い、というわけではない。また変わり者、変人が多いともいわれることもあるが、医師にそれが多いとも自分は思えない。
・一年目から先生と言われ、指示系統のトップに立つので勘違いする説。これも全く頓珍漢な指摘だ。研修医一年目の四月は「先生」と言われ気恥ずかしさと多少の誇らしさを感じるかもしれないが、それも一週間だ。先生呼びは単に慣例であるというだけで、そこにリスペクトがあるわけではないということは馬鹿でもわかる。お局Nsから「先生さ、これやってくんないと困るんだけど、どうなってんの?」という会話が普通にある。「先生と呼ばれているから自分は偉いんだ」と思うほどの馬鹿はさすがにいない。めっちゃ嫌いあっている看護師だって、面と向かっての業務の時は〇〇先生と呼んでいるし、その呼び方に慣例以上の意味がないことは医師は皆わかっている。同じような論調で「医師はお勉強ができるだけの馬鹿」的な説もある。お勉強ができたのはほとんどの医師の場合真だが、勉強に時間を費やしたからといって世間知らずであるとは言えない。そのお勉強でさえ、ほとんどの人は医師よりできていない。
・楽して儲けている説。ごく一部、ほぼ負担のない脱毛医などそうしている人もいるのでこれについては100%は否定できない。ただし、一般人の連想するお医者さん、すなわち急性期の病院の医師は稼ぎはよいが時給にするとそうでもない。単にたくさん働いたから給料が高めというだけだ。開業の先生が儲かっている場合は、その先生自身がたくさん働いておられるし、経営者として成功すれば医師に限らず儲かるだろう。ラーメン屋さんだって不動産業だって同様だ。自分自身、給料は同世代の上位数%に入るだろうが、美味しい仕事だという感覚はない。
・医師は治療だけしていろ、社会全体に口を出すな説。とすると社会に口を出していい人というのは誰なのだろう。政治家か。その論でいくと「弁護士は弁護とか法律関係の仕事だけしてろ」となるし、「コックは料理だけしていろ」となり、誰も口を出せなくなる。コロナという流行り病のせいでメディアの露出が増えたせいでこの論調が出てきた。あまり知られていないかもしれないが、医師には公衆衛生を保つという使命もある。
行き過ぎた医療ヘイトは辟易する。例えば「医療費の負担が大きすぎる、75歳以上の高度医療はやるなら全額自費で」という意見は、一考に値すると思う(あまりに極端で現在の医療と乖離しすぎているため実現しないだろうが)。そもそも私は「食えない、歩けない」となったら生物として自然に死んでいけばよいと考えている。しかし「医療費増大が医者のせい」だとか「医師の給料は1/3でよい」という意見は全く間違っていると思う。ちなみに給料が1/3なら時給は最低賃金をきる。あくまでも決められた保険診療というルールの中で、患者の望む治療を提供しているだけなのだ。もしも75歳以上を治療する場合は全額自費で、というルールになったらそのように治療するだろう。
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