医療費高騰の一因は司法である

最近高齢者施設で90歳代の患者が食べ物を喉に詰まらせて死亡した。遺族が裁判をおこし、施設から2000万円台の賠償が遺族に支払われる判決が下った。その患者の状況や、家族と施設の関係性はわからない。もしかすると患者は90歳代とは思えないくらい元気で、施設側の著しい不注意があったのかもしれない。常日頃から杜撰な対応をしていたことで亡くなった患者や家族が強い不満をもっていたのかもしれない。しかし、食べ物を喉に詰まらせる90歳代が寿命でなくてなんなのだろうか。全く理解ができないのである。もしも上記したような不満を医療施設にもっていたのであれば、連れて帰ればよかったのだ。別な施設を探して患者を移らせればよかったのではないのか。とんでも判決だと思う。訴えられた経験はないし、さすがにそこまで常識のない裁判を起こす人は稀だが、そうした事故はよく起こる。高齢者が誤嚥することは高齢者がいる施設では日常であるし、誤嚥だけでなく、転倒や点滴の自己抜去、酸素を自分で外すこともよく起こる。それを全て防ぐということは無理だ。100%防ごうと思うのなら24時間誰かがついていなくてはならないし、それでも全ては防げない。

医師をしていると、患者、その家族から陰性感情をぶつけられるということはよく起こる。どんなに腕と人柄のよい先生もめちゃくちゃな理論で罵倒されることがあるのだ(むしろ腕も人柄もよく、よく患者の話を聞く先生ほどやっかいな患者に捕まっている印象すらある)。自分は裁判沙汰になった経験はないが、脅し文句で「訴えるぞ」と言われたことはある。「〇〇(政治家や院長など)と知り合いなのだ、そちらに話を持っていくぞ」だとか、「親戚に医者がいる」とすごまれたこともある。親戚に医者がいることなど親戚にコンビニ店員がいる場合とやることは何ら変わりないのだが。

上記したような判決が出てしまうと、医者はまず訴えられないことを第一に考える。どうすれば患者がハッピーか、世話をする家族の負担がないかではなく、自分の身を守らなくてはならない。当然医療費などは考えない。それが「家族希望による過度な延命、高齢者医療」につながっている。同意書を取りまくったり、病状説明を繰り返したり、無駄なカンファレンスにかけたりといった医師の長時間勤務にもつながっている。だって訴えられてしまうのだから。ちなみに訴えられて患者が勝訴するケースは稀だ。しかし裁判沙汰になること自体がストレスだ。心身ともに削られるし、時間はとられる。勝訴しても金がもらえるわけでもない。万が一とんでも判決で敗訴しようものなら、司法が自分の診療を否定したということだ。経済的精神的ダメージは計り知れない。

自分の子や親、妻が患者であった場合、明らかに杜撰な対応や医学的に間違った対応をされており、それが改められなかった場合は医師や病院をかえるだろう。不幸な転帰をとってしまった場合でも、その医師や病院が一生懸命やってくれていたことが伝われば、少なくとも訴えたり脅したりすることはないだろう。

「後期高齢者の治療は全額自費で、一切の転帰に文句をつけないことが条件」そんな日が来てしまわないとも言えないように思える判決であった。

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