2世代前の医者、つまり私の祖父の世代の医者はかなり儲かったらしい。税金も安く、開業や大学病院での出世にかなり経済的なアドバンテージがあった。物価や社会情勢も異なるが、開業して年収が億、というのも珍しくなかったそうだ。医師であった祖父はかなり金持ちだった。男性医師は女性にもすごくモテたし、銀行からは青天井に近く融資が受けられたし、製薬会社の接待も高級料亭などであったらしい。嘘か真か、性接待もあったとか。
現在はどうだろうか。大学病院で苛烈な出世競争を勝ち抜き研究や臨床で成果をあげても、その苦労に見合うだけの収益があるとは言い難い。新たに開業となると、競争率も高く、診療報酬改定にも左右される。融資は受けやすいが青天井とはいかない。他の業種の新規開業よりはアドバンテージがあるのであろうが、濡れ手で粟、みたいな状況ではない。
昔の医者は昨今の働き方改革などどこ吹く風で、病院で泊まり込みが当たり前だったと。今はかなり改善されつつある。少なくとも2世代前よりは非人道的な働き方は減っている。しかし訴訟リスクや患者の権利意識は昔とは比べ物にならない。よくも悪くも昔は「お医者様」であったようだ。訴訟のリスクなど考えたこともない医師も多かった。医局でビールを飲みながら同僚と麻雀をして、患者が来たら呼ばれて診察にいく、みたいなこともざらにあったそうだ。さらに医学そのものが進歩し、さらに進歩し続けているため必要な勉強量は格段に増えている。ここ10年、私が医者になってからでさえ、医師国家試験の辞書として使われる教科書の厚みは増し続けている。
今と昔、どちらが良いかはっきりとはわからない。おおらかで稼げる昔がうらやましい気もするし、病院に泊まり込みが当たり前、みたいな労働環境は勘弁してもらいたいので今の方がいいような気もする。
さて、昨今時折話題にあがる「医師オワコン説」。結論から言うと私はオワコンと思っていない。その理由を列挙していきたい。
オワコンとされる理由は様々だが、一つは人口が減る、すなわち患者が減るからと言う話だ。これは当然ながら他の全ての職種に言えることだ。顧客が減ることに他ならない。もし医師がオワコンなら対人の仕事全てがオワコンである。医療が必要な確率が高い老人はもうしばらく増えるのでむしろ「オワコン度」は低い方の業種ではないか。
増大する社会保障費を削減せねばならないため、保険点数を削る、すなわち医師の給料を減らすことになるであろうとする説。これは患者が減る説よりは信憑性が高い。緩やかに我々の給料は減っていくだろう。医師の絶対数は増えてきている。しかし医療はどんどん細分化しており、一人の患者をみるために必要な医師の数は増えていっている。昔のように「内科の先生がまとめて耳鼻科や泌尿器科もみる」みたいなことは減っている。そして、専門医クラスの中堅はどんどんハードな急性期病院から離脱しており、急性期病院は慢性的な人手不足である。都会の皮膚科や精神科などは「人が多すぎて入局者を制限する」といった状況らしいが、急性期病院の救急外来は全然人が足りていない。科を自由に選択できることの弊害である。場所や科による給料の変化はあるかもしれないが、少なくとも私がやっている田舎の内科はまだまだ需要に供給が追い付いていない。
AIに置き換わる説。レントゲンの読影や、論文の解読など日常診療でもAIが使われ始めており、自分も使っている。かなり優秀である。しかしAIのカバーしてくれる範囲はごく限定的である。医師が本格的にAIに置き換わるころ、既存の職業の多くは置き換わってしまっているだろう。まだ先の話だ。
医療の強みとして、「どんな社会情勢になってもなくならない」産業である点がある。例えば戦争や大震災などでもむしろ需要は増えるし、これから形を変え待遇が悪化したとしてもなくなりはしない職種である。どの時代、どの社会でも必ず需要がある仕事だ。
②に続く。
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